top of page


頼りになるなぁ。
YORISOTTE庭園 湖のような田んぼの風景 G/Wは地方で満喫した。 と書くと、なんだか充実した人間のように見えるが、実際は「満喫」という言葉の中身を、行ったり来たりしながら確かめていた、という方が近い。 先日、移住者の方と話した内容を引きずりつつ、ホームグラウンドではない場所での生活を、あらためて自分の体に通してみる。 今回は仕事でもなく、誰かに見せるためでもなく、純粋に ゆっくりまったりじっくり この三つを合言葉にして過ごしてみた。 到着したばかりの頃はいい。懐かしい、落ち着く、あれを食べたい、ただぼんやりしたい そういう感情が先に立ち、新鮮さに包まれる。 だが感情というものは、案外回転が早い。 ひと通り巡ると、すぐに顔を出す。 「さて、何をしようか?」 この問いに、明確な答えがないと、人は驚くほど簡単に流される。スマホを手に取り、テレビをつけ、何かを口に運ぶ。 惰性は、音もなく生活に入り込む。 これは田舎か都会かの問題ではない。「いつもと違う場所にいる」という、それだけで起きる現象なのだと思う。 たとえば転職したばかりの頃。新しい職場で

ディーン・ノダ
5月6日読了時間: 3分


何にもないって事 そりゃあなんでもアリって事
YORISOTTE筆文字セラピスト 先日、とある小さな小さな漁業の町に移住された方と話をした。 移住して五年以上。 つまり、憧れだけでは続かない時間を、ちゃんとそこで暮らしている人だ。 まず私は、いかにも“こちら側”の人間らしく聞いてしまう。 「田舎って、不便じゃないですか?」 今思えば、ずいぶん雑な問いだ。 けれど、その雑さを軽やかに受け流すように、彼は言ったのだ。 「何にもないって事 そりゃあなんでもアリって事」 ああ、これは反則だなと思う。 整いすぎている。 もちろん実際には、もっと丁寧で、生活の匂いのする言葉だった。だけど、その核心だけを抜き出すと、この一行になる。 “何でもある”という状態は、実はすでに誰かの手で完成されている世界だ。 選ぶことはできるが、つくる余白は少ない。 完成されたジグソーパズルの、好きなピースを選ぶようなもの。 一方で、“何もない”はどうだろう。最初の一手すら決まっていない。 不安だし、面倒だし、正直ちょっと怖い。 でも、その怖さの正体は、自由そのものだ。 0から1へ。その一歩は小さいくせに、やたらと重い。...

ディーン・ノダ
4月29日読了時間: 2分


実季楽農園さんを応援
いい偶然、というものは、たいてい後から「必然だったのでは」と言い張りたくなる性質を持っている。 言い張ったところで、誰に咎められるわけでもないのだけれど、自分のなかでそっと辻褄が合うのが、なんとも気持ちいい。 このたび、静岡県沼津市戸田地区にある無農薬・有機栽培の実季楽農園さんを応援することになった。 YORISOTTE筆文字セラピスト 松戸 市川 柏 実季楽農園HPはこちら https://www.mikirakunouen.com/ 思い返せば、代表の長崎さんと知り合ったのは、偶然と呼ぶにはやや強引な、しかし妙に自然な流れだった。 特徴のある農園だなぁ、と気になって、いきなりDMでインタビューをお願いしたのが始まりである。2021年頃、だった気がする。人の記憶というのは、都合よく曖昧だ。 数ある農園のなかから、なぜ実季楽農園さんを選んだのか。いまだに説明がつかない。ただ、そのときは、農家の話を聞いて、こちらも少し話して、「何か手伝えることがあれば」と軽く言葉を交わして終わった。 まるで、次の約束をしていないのに、また会うことを前提にしたよう

ディーン・ノダ
4月16日読了時間: 3分


さすがスタバ~
と思ったのだ。 スタバでの、一杯 先日、ショッピングセンターに入っているスターバックスでの出来事である。 時刻は14時ごろ。世の買い物客たちが、まだまだエネルギーに満ちている時間帯だ。 店内はそこそこ混んでいるが、行列というほどではない。 私はいつものようにドリップコーヒーを頼み、「すぐ来るだろう」と、ほとんど条件反射のように受け取り口へ意識を向けていた。 ところが、「少しお時間いただきます」とのこと。 おや、と思いつつも、急ぐ理由はどこにもない。 「はい」と素直に引き下がり、カウンター席へ腰を落ち着けた。 するとである。スタッフの方が、すっと近づいてきて、小さな紙コップを差し出した。 「お待ちの間にどうぞ」 アイスコーヒーである。 しかもミニサイズ。メニューに載っていない、いわば “影の存在” のような一杯。 え、これ、どういう仕組み? 有料? サービス? 幻? 一瞬、頭の中に小さな会議が開かれたが、結論は出ないまま、とりあえず受け取る。 聞けば、店舗によってはこうしたサービスを行っているらしい。 なるほど、世界はまだまだ広い。...

ディーン・ノダ
4月5日読了時間: 2分


経験が邪魔をするって!?
つくづく思う。ここ最近。 YORISOTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) 経験こそ――と、言いかけて、少しだけ言葉を飲み込む。 いや、正確には「経験“だけ”では足りない」のだと、最近ようやく気づきはじめた。 そして、この言葉 経験が邪魔をする やはり、経験より大切なのは、動くことなのだろう。 なんとも身も蓋もない結論だけれど、これがなかなかどうして、難しい。 動く、と一口に言っても、いろいろある。 体を動かす。 頭を動かす。 心を動かす。 若いころは、そのどれもが勝手に動いていた気がする。 新しいことに出会えば、それだけで世界は勝手に広がっていったし、深く考えなくても「次」が向こうからやってきた。 ところが、年を重ねるとどうだ。 経験という名の便利な道具を手に入れたはずなのに、気づけばそれが重しになる。 「ああ、それは知っている」 「昔やったことがある」 そんなふうに、 世界に対して先回りした顔 をしてしまう。 もちろん、「なんでも知っている」なんて大それたことは思っていない。 ただ、過去を少しだけ都合よく、美しく整えてしまう癖は、どうやら誰

ディーン・ノダ
4月4日読了時間: 2分


赤ちゃんは天使の場面に遭遇
タイトル通りの記事を。 YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) 夕刻の電車は、春のやわらかい空気をまとって、どこか気の抜けた表情をしていた。混みすぎず、空きすぎず。だいたい六割ほどの乗車率というのは、人の気配を感じながらも、自分の輪郭を保てる、ちょうどいい密度だ。 八人がけのシートに腰を下ろし、ぼんやりと流れる景色を眺めていると、次の駅でひとりの若者が乗り込んできた。彼は、私の、ひと席あけて座る。 そして 印象的な態度 で。 足は前方に放り出され、 姿勢は四十五度ほど傾き、 大音量の音楽をガンガン。 無作法の、その様子。 けれど若さとはそういうものかもしれない、とも思う。6割ぐらいの混雑なら自由になりたくなるだろう、と。 車内は空いているとはいえ、人の流れは絶えない。乗り降りする人々が、彼の足元をそっと避けて通っていく。 当の本人は、音楽の中にすっぽりと収まり、外界との接点を失っているようだった。 さて、どうしたものか。ひと言、声をかけるべきか。そんなことを考え始めた、ちょうどそのときだった。 お母さんと、ベビーカーに乗った赤ちゃん

ディーン・ノダ
3月30日読了時間: 2分


父と母? オトンとオカン?
朝神社、夜神社、どっち派ですか? YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) と、聞かれたら、私はたぶん少しだけ考えるふりをしてから、「どっちも」と、ずるいと答えると思う。 ずるい、というのは、どちらもこちらの心の隙間に、うまく入り込んでくるからだ。 神社といえば朝、というのは、たしかに一理ある。空気はまだ誰のものにもなっていなくて、ひんやりとしているくせに、どこかやわらかい。 願い事も、まだ使い古されていない言葉でできている気がして、口に出すのにためらいがない。 「ちょっと聞いてよ」 そんなふうに、つい話しかけたくなるのが朝の神社だ。 たぶんそこには、母親のような受け止め方がある。良いも悪いも関係なく、とりあえず全部引き受けてくれる、あの感じ。 一方で、夜の神社はどうだろう。 先日、久しぶりに足を踏み入れたとき、まず思ったのは、「あ、これはしゃべりすぎると怒られるやつだ」という、よくわからない緊張感だった。 シーン、としている。 音がない、というよりも、音が遠くへ追いやられているような静けさだ。 日中にはたしかにあったはずの生活音や、

ディーン・ノダ
3月23日読了時間: 2分


やっぱ人混みよぉ~
みなさん、人混みは好きですか?

ディーン・ノダ
3月22日読了時間: 3分


小銭文化を継承
最近、現金を使っていますか? YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) こう書き出しておきながら、私自身も日々の支払いの大半を、すました顔でキャッシュレスに委ねている。 ピッ、とかざせば済む世界は、あまりにも軽やかで、そして少しだけ味気ない。 それでも、現金が必要になる場面というのは、しぶとく、そしてどこか 人間くさく 残っている。 ひとつめ。 現金しか使えない店。これはもう、抗う余地がない。現金を出すしかない。潔い世界だ。 ふたつめ。 小銭貯金。財布のなかでじゃらじゃらと増殖する硬貨たちを、一定のタイミングで捕獲し、100均の貯金箱へと移送する。 いわば財布のダイエットである。油断するとすぐにリバウンドするあたりも、なんだか現実的だ。 そして三つめ。 小銭貯金か らの、子どもへのお小遣い。 この三つめが、最近の私にとってなかなか興味深い。 かつては、お小遣いといえば紙幣だった。きちんと折られたお札を渡すと、なんとなく「それらしい」感じがする。 しかし、どうにもこうにも、金額がふわっとしがちなのだ。少し多めに渡してしまったり、逆に 妙

ディーン・ノダ
3月21日読了時間: 2分


駅の文化遺産といえば…
駅の文化遺産といえば、ふと立ち止まってしまうものがある。 YORISOTTE 筆文字セラピスト(松戸・市川、柏) それが、伝言板だ。 伝言板 最近、駅で伝言板を見かけるだろうか。 黒板にチョークで「先に帰るね」とか、「改札前で待ってる」とか、そういう、いま思えばやけに人間くさい言葉たちが、当たり前のように並んでいたあの場所。 偉そうに書いているが伝言板を使ったことはなく、想像。割と携帯世代 いまや連絡手段は、手のひらの中に収まってしまった。スマートフォンという、便利で、そして少し無機質な存在に。 公衆電話もずいぶん減った。けれど、災害時という切り札を持っているぶん、まだ社会に居場所がある。 それに比べて伝言板はどうだろう。役目を終え、静かに撤去されていく運命にある。 はずなのに… 私の最寄り駅には、なぜか、まだある。 しかも、堂々と。 ただ書かれているところは見たことがない。 それでもそこにある。 理由は… よくわからない。 ただ、よく考えてみると、コストはほとんどかからない。置いておいても、誰も困らない。使われなくても、誰も怒らない。...

ディーン・ノダ
3月20日読了時間: 2分
bottom of page