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赤ちゃんは天使の場面に遭遇
タイトル通りの記事を。 YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) 夕刻の電車は、春のやわらかい空気をまとって、どこか気の抜けた表情をしていた。混みすぎず、空きすぎず。だいたい六割ほどの乗車率というのは、人の気配を感じながらも、自分の輪郭を保てる、ちょうどいい密度だ。 八人がけのシートに腰を下ろし、ぼんやりと流れる景色を眺めていると、次の駅でひとりの若者が乗り込んできた。彼は、私の、ひと席あけて座る。 そして 印象的な態度 で。 足は前方に放り出され、 姿勢は四十五度ほど傾き、 大音量の音楽をガンガン。 無作法の、その様子。 けれど若さとはそういうものかもしれない、とも思う。6割ぐらいの混雑なら自由になりたくなるだろう、と。 車内は空いているとはいえ、人の流れは絶えない。乗り降りする人々が、彼の足元をそっと避けて通っていく。 当の本人は、音楽の中にすっぽりと収まり、外界との接点を失っているようだった。 さて、どうしたものか。ひと言、声をかけるべきか。そんなことを考え始めた、ちょうどそのときだった。 お母さんと、ベビーカーに乗った赤ちゃん

ディーン・ノダ
2 日前読了時間: 2分


父と母? オトンとオカン?
朝神社、夜神社、どっち派ですか? YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) と、聞かれたら、私はたぶん少しだけ考えるふりをしてから、「どっちも」と、ずるいと答えると思う。 ずるい、というのは、どちらもこちらの心の隙間に、うまく入り込んでくるからだ。 神社といえば朝、というのは、たしかに一理ある。空気はまだ誰のものにもなっていなくて、ひんやりとしているくせに、どこかやわらかい。 願い事も、まだ使い古されていない言葉でできている気がして、口に出すのにためらいがない。 「ちょっと聞いてよ」 そんなふうに、つい話しかけたくなるのが朝の神社だ。 たぶんそこには、母親のような受け止め方がある。良いも悪いも関係なく、とりあえず全部引き受けてくれる、あの感じ。 一方で、夜の神社はどうだろう。 先日、久しぶりに足を踏み入れたとき、まず思ったのは、「あ、これはしゃべりすぎると怒られるやつだ」という、よくわからない緊張感だった。 シーン、としている。 音がない、というよりも、音が遠くへ追いやられているような静けさだ。 日中にはたしかにあったはずの生活音や、

ディーン・ノダ
3月23日読了時間: 2分


やっぱ人混みよぉ~
みなさん、人混みは好きですか?

ディーン・ノダ
3月22日読了時間: 3分


小銭文化を継承
最近、現金を使っていますか? YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) こう書き出しておきながら、私自身も日々の支払いの大半を、すました顔でキャッシュレスに委ねている。 ピッ、とかざせば済む世界は、あまりにも軽やかで、そして少しだけ味気ない。 それでも、現金が必要になる場面というのは、しぶとく、そしてどこか 人間くさく 残っている。 ひとつめ。 現金しか使えない店。これはもう、抗う余地がない。現金を出すしかない。潔い世界だ。 ふたつめ。 小銭貯金。財布のなかでじゃらじゃらと増殖する硬貨たちを、一定のタイミングで捕獲し、100均の貯金箱へと移送する。 いわば財布のダイエットである。油断するとすぐにリバウンドするあたりも、なんだか現実的だ。 そして三つめ。 小銭貯金か らの、子どもへのお小遣い。 この三つめが、最近の私にとってなかなか興味深い。 かつては、お小遣いといえば紙幣だった。きちんと折られたお札を渡すと、なんとなく「それらしい」感じがする。 しかし、どうにもこうにも、金額がふわっとしがちなのだ。少し多めに渡してしまったり、逆に 妙

ディーン・ノダ
3月21日読了時間: 2分


駅の文化遺産といえば…
駅の文化遺産といえば、ふと立ち止まってしまうものがある。 YORISOTTE 筆文字セラピスト(松戸・市川、柏) それが、伝言板だ。 伝言板 最近、駅で伝言板を見かけるだろうか。 黒板にチョークで「先に帰るね」とか、「改札前で待ってる」とか、そういう、いま思えばやけに人間くさい言葉たちが、当たり前のように並んでいたあの場所。 偉そうに書いているが伝言板を使ったことはなく、想像。割と携帯世代 いまや連絡手段は、手のひらの中に収まってしまった。スマートフォンという、便利で、そして少し無機質な存在に。 公衆電話もずいぶん減った。けれど、災害時という切り札を持っているぶん、まだ社会に居場所がある。 それに比べて伝言板はどうだろう。役目を終え、静かに撤去されていく運命にある。 はずなのに… 私の最寄り駅には、なぜか、まだある。 しかも、堂々と。 ただ書かれているところは見たことがない。 それでもそこにある。 理由は… よくわからない。 ただ、よく考えてみると、コストはほとんどかからない。置いておいても、誰も困らない。使われなくても、誰も怒らない。...

ディーン・ノダ
3月20日読了時間: 2分


足腰って?
運動していますか? YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) と問われて、胸を張って「はい」と答えられる人は、案外少ないのではないか。 かくいう私たちも、つい先日までは「 気持ちだけはアスリート 」という、なんとも頼りない肩書きを掲げていた。 ところが、最近、YORISOTTEファミリーに、ささやかな異変が起きた。 ブーム、と呼ぶには静かすぎる、けれど確実に日常へと染み込んでくる運動の気配。 それは、息が上がるような激しさとは無縁で、ただ歩くこと、ただ体をほぐすこと。拍子抜けするほど地味で、けれど妙に続いている。 続けてみて、ふと気づく。体というものは、思っているよりも律儀で、そして 少し頑固 だ。 足が動けば、腰がついてくる。腰が動けば、足も応じる。けれど、足が止まれば、 腰は途端に沈黙する 。腰だけをどうにかしようとしても、足は知らん顔だ。 順番があるのだ。 「足腰」と一息に言ってしまうけれど、その並びには、 ちゃんと意味がある。 人は年を重ねると、静かに、しかし確実に、足から衰えていく。それはドラマチックな崩れ方ではなく、気づい

ディーン・ノダ
3月19日読了時間: 2分


カフェって人間模様の図書館だァ
と、言い切ってしまっていいのか少し迷う。 けれど、たぶんこれは言い切った者勝ちの類いの発見である。 みなさん、カフェ、行きますか? YORISOTTE筆文字 松戸・市川 かつての私は、カフェとは「ちゃんとした時間を過ごす場所」だと思っていた。 美味しい珈琲を飲み、背筋を伸ばして本を開き、あるいは静かに仕事をする。 いわば、少しだけ自分を良く見せるための装置。そんなふうに、どこかよそ行きの顔で座る場所だった。 しかし、YORISOTTEメンバーの中に、ひとり、とんでもない 達人 がいる。いや、達人たちがいる。 達人に言わせると、 カフェは「人間観察の場」であり、 「観察の修行」であり、 さらには「無料で楽しめる舞台」 なのだという。 無料、とは言いながらしっかりワンコインは払っているのだけれど、その対価に対して得られる情報量と臨場感が、あまりにも割に合わないほど豊かだ、という意味での“無料”らしい。妙に納得してしまった。さすが達人。 それを聞いてから、私もこっそり訓練を始めてみた。 耳をすませる。 すると、不思議なことに、あの 「カントリーロード」

ディーン・ノダ
3月18日読了時間: 3分


ジャンルを超えた大谷翔平を作る気か!?
本当にどうなるのだろう、と最近よく思う。 YORISOTTE筆文字(松戸) 少し前までは、未来のことを考えるとき、どこか遠い世界の話のような感覚があった。 空飛ぶ車とか、火星移住とか、そういうやつだ。どこかSF映画の棚に置かれている未来。 しかしAIだけは違う。これはもう、完全に現実だ。 巷ではAIという言葉を見ない日はない。 ニュースでも、SNSでも、ビジネス記事でも、気づけばAIが登場する。 「またAIか」と思いつつも、しっかり読んでしまうのは、やはり無関係ではいられないからだろう。 本当に便利だ。これまでの検索、ITサービスとは違い、学習してくれるのもスゴい…。。 どんだけ優秀やねん! ちょっとした文章を整えたり、調べ物をしたり、 時には自分の思考を整理する壁打ち相手にもなってくれる。 人間より文句を言わないし、夜中でも働いてくれる。 こう書くと、なんだか ブラック企業の理想の社員 のようで少し怖い。 以前からAIに関する本は読んでいるのだが、最近ふと気づいたことがある。 2024年頃のAI本と、2025年下期あたりのAI本では、明らかに雰

ディーン・ノダ
3月17日読了時間: 4分


流れって、なに??
WBCをぼんやり眺めながら、しみじみと思う。 YORISOTTE筆文字 野球というスポーツは、やっぱり「流れ」でできているのではないか、と。 不思議なことに、練習ではあまり流れを感じない。ひたすらキャッチボールをして、ノックを受けて、バッティングをして。 点と点の時間 が続くだけで、そこには物語のような起伏はあまりない。線にはならない時間。 ところが試合になると、突然それが現れる。 時間が線になる。 流れ 、という目に見えない何かが。 打った瞬間にベンチの空気がふっと軽くなることがあるし、逆に、たったひとつのミスでグラウンド全体が重たく沈むこともある。 強いチームだから勝つ、弱いチームだから負ける。 もちろんそれもあるのだけれど、実際には「 流れをつかんだ側 」が勝つことが多いように思える。 では、その流れをどうつかむのか。 それが、さっぱり分からない。たぶん、科学ではまだ証明できない領域なのだろう。 統計もデータも大切だけれど、あの一瞬の 空気の変化までは数式 にできない。 野球は「間」のスポーツだ。 ピッチャーが投げる前、バッターがバットを構

ディーン・ノダ
3月15日読了時間: 2分


なんじゃ、こりゃ!!
自分との約束って、なんだろう?というエピソード。 YORISOTTEの筆文字 先日、仕事で研修を受けました。 しかも、なかなか立派なお値段のセミナー。もちろん会社持ちです。ありがたい。 内容はざっくり言うと、 ・価値観 ・目標 ・スケジュール この三つの軸から、自分を見つめなおし、言語化していこう、というもの。 この手の研修は、正直に言うと、これまでにも何度か、いや何十回か受けてきました。その ため、案内を見た瞬間の正直な感想は、 「またかぁ~」 でした。 ところが今回は、少し違う感覚がありました。というのも、手書きで自分の仕事や生活を書き出し、可視化する、という工程があったのです。 これまでもスケジュールやタスクは、ある程度は見える化してきました。 しかしそこに「価値観」や「目標」を組み込むと、なぜか 急に輪郭がはっきりしてくる。 人間というのは不思議なもので、頭の中では理解しているつもりでも、紙の上に書いた瞬間に、まるで他人事のように自分の生活を眺められるのです。 そこでふと、疑問が浮かびました。 そもそも、なぜ人はスケジュールを書くのだろう

ディーン・ノダ
3月14日読了時間: 2分
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