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流れって、なに??

  • 執筆者の写真: ディーン・ノダ
    ディーン・ノダ
  • 2 日前
  • 読了時間: 2分

WBCをぼんやり眺めながら、しみじみと思う。


YORISOTTE筆文字
YORISOTTE筆文字

野球というスポーツは、やっぱり「流れ」でできているのではないか、と。


不思議なことに、練習ではあまり流れを感じない。ひたすらキャッチボールをして、ノックを受けて、バッティングをして。点と点の時間が続くだけで、そこには物語のような起伏はあまりない。線にはならない時間。


ところが試合になると、突然それが現れる。時間が線になる。


流れ、という目に見えない何かが。


打った瞬間にベンチの空気がふっと軽くなることがあるし、逆に、たったひとつのミスでグラウンド全体が重たく沈むこともある。


強いチームだから勝つ、弱いチームだから負ける。


もちろんそれもあるのだけれど、実際には「流れをつかんだ側」が勝つことが多いように思える。


では、その流れをどうつかむのか。


それが、さっぱり分からない。たぶん、科学ではまだ証明できない領域なのだろう。

統計もデータも大切だけれど、あの一瞬の空気の変化までは数式にできない。


野球は「間」のスポーツだ。

ピッチャーが投げる前、バッターがバットを構える時間、野手が打球を待つあの数秒。


すべての動作に、ほんの少しの間がある。

そして、その間の中で選手の感情や緊張や自信が、静かに膨らんでいく


さらに面白いのは、野球が個人のスポーツでありながら、チームに伝染するスポーツだということだ。

ひとりの打者がヒットを打つと、次の打者も打てる気がしてくる。

逆にエラーが続くと、グラブを持つ手がなぜか少し固くなる。


「ミスをしてはいけない」と思うほど、体はぎこちなくなる。でも勢いに乗ると、人は不思議と実力以上の力を出してしまう。


できる気がする。


やれる気がする。


そして、本当にできてしまう。


これが、流れというものなのかもしれない。

ふと考える。

もし生活にも流れがあるのだとしたら、どうだろう。


仕事が妙にうまく進む日もあれば、何をしても噛み合わない日もある。

理由ははっきりしないけれど、確かに存在するあの感覚。


そう思うと、野球の試合は少し人生に似ている。


ただ、日常の中でその「流れ」を感じ取るのは、思っている以上に難しい。


やっぱり野球というスポーツは、どこか不思議で、ちょっと哲学的で、そしてとても人間くさい。


だからこそ、つい見入ってしまうのだろう。


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