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海のそばで、ぼんやり考えたこと。

  • 執筆者の写真: ディーン・ノダ
    ディーン・ノダ
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

みなさん、釣りはしますか?



YORISOTTEメンバーは、実のところほとんどやりません。


ただ、海は好きです。


海があるだけで、なぜか「今日はいい日だ」という気持ちになる。

不思議です。とくに何もしていないのに。


そんなわけで海に行くと、つい釣り人を観察してしまいます。


人間観察というやつです。


釣り人からすれば、いい迷惑かもしれません。


「君も釣れよ」という心の声がビシバシと。


という目線を横に、最初のころは正直に言えば、


「釣りって、何がそんなに楽しいんだろう」と思っていました。


魚を釣る。

それがすべてに見える。


でも、しばらく眺めているうちに気づきました。


どうもそれだけではないらしい。

魚を釣ることは、たぶん目標

でも目的は、もう少し別のところにあるのではないか、と。


素人の頭の中では、釣る → 食べるという、わりと合理的な図式が浮かびます。


けれど釣り人たちを見ていると、どうも違う。

彼らは魚よりも、海と勝負しているように見えるのです。


風とか、潮とか、時間とか、魚の気分とか。相手が多すぎて、もはや誰と戦っているのかよくわからない


それでも黙って竿を垂らしている。

あれはたぶん、かなり高度な精神修行ではないでしょうか。


釣りとはつまり、失敗と出会う趣味なのだと思います。


だからこそ人は考える。次はあの場所にしよう。


餌を変えてみよう。

竿を変えよう。


ついには人生も変えたくなるかもしれない(笑)


そう考えると、スポーツに似ています。


わかりやすいのは、厳しい練習の先には、優勝という目標がある。

でも目的は人それぞれ。


例えば高校野球。強豪校なら甲子園、そして優勝を目指す。


でも、甲子園が遠いチームでも「まず一勝」という立派な目標がある。

夢の舞台に届くかどうかはわからない。それでも三年間(実質二年半)、泥だらけで練習を続ける。


目的は、厳しい難しい世界に身を置く

わりとシンプルだと。


たぶん釣りも、同じなのだと思います。


もし竿を入れた瞬間、毎回必ず魚が釣れる世界だったら。

おそらく釣りは、ここまで人気の趣味にはならなかったでしょう。

五分で飽きます。

人間はわりと贅沢なので。


失敗があるから、続く

少しだけうまくいくから、また来てしまう。

そんなことを、海を見ながら考えていました。


と、ここまでそれらしく語りましたが、釣りに関しては相変わらず完全な素人です。


YORISOTTEメンバーは体育会系が多く、どちらかというと竿よりボールを握るタイプの人間たちです。


ただ、いつかご縁があれば釣りもやってみたい。やってみた結果、五分で帰る可能性もありますが。


そのとき初めて、今日ここで語った「釣り哲学」がどれくらい的外れだったのかが判明するでしょう。

それもまた、釣りの醍醐味なのかもしれません。


近い内容で聞いたこと。


忙しいひと=やりたくないことをしている人


暇なひと=好きなことばかりしている人(そんなに楽しいことは転がっていないから見つけるのが大変…)


世の中に、やりたいこと(楽しいこと)だけで人生の時間を消費できるほど甘くはない、とのことらしい。


このブログも書くことは楽しいか?と自問自答すると、楽しいのではなく、記録として、YORISOTTEの考え方として残したい?

など、書きながら思考がグルグルしている。


まぁ、楽しい辛いではなく、やることがある状態が一番、充実している姿かもしれません。


さて、部屋の片づけをしようっと。



#一陽来復


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