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海のそばで、ぼんやり考えたこと。

執筆者の写真: ディーン・ノダ
ディーン・ノダ
3月9日
読了時間: 3分

みなさん、釣りはしますか?



YORISOTTEメンバーは、実のところほとんどやりません。


ただ、海は好きです。


海があるだけで、なぜか「今日はいい日だ」という気持ちになる。

不思議です。とくに何もしていないのに。


そんなわけで海に行くと、つい釣り人を観察してしまいます。


人間観察というやつです。


釣り人からすれば、いい迷惑かもしれません。


「君も釣れよ」という心の声がビシバシと。


という目線を横に、最初のころは正直に言えば、


「釣りって、何がそんなに楽しいんだろう」と思っていました。


魚を釣る。

それがすべてに見える。


でも、しばらく眺めているうちに気づきました。


どうもそれだけではないらしい。

魚を釣ることは、たぶん目標。

でも目的は、もう少し別のところにあるのではないか、と。


素人の頭の中では、釣る → 食べるという、わりと合理的な図式が浮かびます。


けれど釣り人たちを見ていると、どうも違う。

彼らは魚よりも、海と勝負しているように見えるのです。


風とか、潮とか、時間とか、魚の気分とか。相手が多すぎて、もはや誰と戦っているのかよくわからない。


それでも黙って竿を垂らしている。

あれはたぶん、かなり高度な精神修行ではないでしょうか。


釣りとはつまり、失敗と出会う趣味なのだと思います。


だからこそ人は考える。次はあの場所にしよう。


餌を変えてみよう。

竿を変えよう。


ついには人生も変えたくなるかもしれない(笑)


そう考えると、スポーツに似ています。


わかりやすいのは、厳しい練習の先には、優勝という目標がある。

でも目的は人それぞれ。


例えば高校野球。強豪校なら甲子園、そして優勝を目指す。


でも、甲子園が遠いチームでも「まず一勝」という立派な目標がある。

夢の舞台に届くかどうかはわからない。それでも三年間(実質二年半)、泥だらけで練習を続ける。


目的は、厳しい難しい世界に身を置く。

わりとシンプルだと。


たぶん釣りも、同じなのだと思います。


もし竿を入れた瞬間、毎回必ず魚が釣れる世界だったら。

おそらく釣りは、ここまで人気の趣味にはならなかったでしょう。

五分で飽きます。

人間はわりと贅沢なので。


失敗があるから、続く。

少しだけうまくいくから、また来てしまう。

そんなことを、海を見ながら考えていました。


と、ここまでそれらしく語りましたが、釣りに関しては相変わらず完全な素人です。


YORISOTTEメンバーは体育会系が多く、どちらかというと竿よりボールを握るタイプの人間たちです。


ただ、いつかご縁があれば釣りもやってみたい。やってみた結果、五分で帰る可能性もありますが。


そのとき初めて、今日ここで語った「釣り哲学」がどれくらい的外れだったのかが判明するでしょう。

それもまた、釣りの醍醐味なのかもしれません。


近い内容で聞いたこと。


忙しいひと=やりたくないことをしている人


暇なひと=好きなことばかりしている人(そんなに楽しいことは転がっていないから見つけるのが大変…)


世の中に、やりたいこと(楽しいこと)だけで人生の時間を消費できるほど甘くはない、とのことらしい。


このブログも書くことは楽しいか?と自問自答すると、楽しいのではなく、記録として、YORISOTTEの考え方として残したい?

など、書きながら思考がグルグルしている。


まぁ、楽しい辛いではなく、やることがある状態が一番、充実している姿かもしれません。


さて、部屋の片づけをしようっと。



#一陽来復


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