おー懐かしい光景♪
- ディーン・ノダ

- 4 日前
- 読了時間: 2分
電車の中で、ふと周りを見渡す。人の流れではなく、指の流れがある。
車内での過ごし方は、大きく三つに分けられる気がする。
・スマホ
・寝る
・読書
そして、圧倒的多数はスマホだ。体感では九割。先日など、シート一列、全員がスマホを見ていた。
当たり前、といえば当たり前。けれど、改めて眺めてみると、どこか異様でもある。
誰が決めたわけでもないのに、示し合わせたように、同じ姿勢、同じ角度で、同じ光を見つめている。
人間って、こんなに静かにそろう生き物だっただろうか。
そんなことを思っていた矢先、昨日、懐かしい光景に出会った。
年配の男性が、新聞を読んでいた。

日経新聞を、きれいに縦に折り、さらに半分に整えて。
ああ、この折り方。昔はよく見たし、なんなら自分もやっていた。
いまでは、ちょっとした希少種だ。
そこで、ぼんやり考えた。スマホで読むニュースと、新聞で読むニュースは、何が違うのだろう。
結論から言うと、こんな構図が浮かんだ。
スマホは「友だち」。
新聞は「先生」。
スマホは、自分が読みたいものを読む。興味のある話題、気の合う論調。
友だちとおしゃべりする感覚に近い。楽しいし、気楽だし、つい長居してしまう。
一方、新聞は、向こうから話しかけてくる。経済のあとに政治、政治のあとに投資、気づけばスポーツ面まで連れていかれる。まるで授業のように、話題が連なっている。
望んでいなかった知識まで、きちんと配膳されている。
AIの時代、情報の洪水は、これからますます強くなるだろう。触れやすくもなるし、選びやすくもなる。
だからこそ、ふと思う。
新聞のように、相手から手渡される情報というのは、少しだけ、プレゼントに似ているのかもしれない。



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