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小銭文化を継承
最近、現金を使っていますか? YORISOTTE筆文字セラピスト(松戸、市川、柏) こう書き出しておきながら、私自身も日々の支払いの大半を、すました顔でキャッシュレスに委ねている。 ピッ、とかざせば済む世界は、あまりにも軽やかで、そして少しだけ味気ない。 それでも、現金が必要になる場面というのは、しぶとく、そしてどこか 人間くさく 残っている。 ひとつめ。 現金しか使えない店。これはもう、抗う余地がない。現金を出すしかない。潔い世界だ。 ふたつめ。 小銭貯金。財布のなかでじゃらじゃらと増殖する硬貨たちを、一定のタイミングで捕獲し、100均の貯金箱へと移送する。 いわば財布のダイエットである。油断するとすぐにリバウンドするあたりも、なんだか現実的だ。 そして三つめ。 小銭貯金か らの、子どもへのお小遣い。 この三つめが、最近の私にとってなかなか興味深い。 かつては、お小遣いといえば紙幣だった。きちんと折られたお札を渡すと、なんとなく「それらしい」感じがする。 しかし、どうにもこうにも、金額がふわっとしがちなのだ。少し多めに渡してしまったり、逆に 妙

ディーン・ノダ
3月21日読了時間: 2分


おー懐かしい光景♪
電車の中で、ふと周りを見渡す。人の流れではなく、指の流れがある。 車内での過ごし方は、大きく三つに分けられる気がする。 ・スマホ ・寝る ・読書 そして、圧倒的多数はスマホだ。体感では九割。先日など、 シート一列、全員がスマホ を見ていた。 当たり前、といえば当たり前。けれど、改めて眺めてみると、どこか異様でもある。 誰が決めたわけでもないのに、示し合わせたように、 同じ姿勢、同じ角度で、 同じ光 を見つめている。 人間って、こんなに静かにそろう生き物だっただろうか。 そんなことを思っていた矢先、昨日、 懐かしい光景 に出会った。 年配の男性が、新聞を読んでいた。 日経新聞を、きれいに縦に折り、さらに半分に整えて。 ああ、この折り方。昔はよく見たし、なんなら自分もやっていた。 いまでは、ちょっとした 希少種 だ。 そこで、ぼんやり考えた。スマホで読むニュースと、新聞で読むニュースは、何が違うのだろう。 結論から言うと、こんな構図が浮かんだ。 スマホは「友だち」。 新聞は「先生」。 スマホは、自分が読みたいものを読む。興味のある話題、気の合う論調。

ディーン・ノダ
2月28日読了時間: 2分
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